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「しつけ」と「虐待」の境界

2010.03.08(Mon) | EDIT

虐待により幼い子が亡くなったというニュースが後を絶ちません。

動機について、「しつけのつもりだった」とか「愛情がわかなかった」ということがよく聞かれます。

愛情がわかないことについては理解しかねるので今回は言及しません。

「しつけ」について。
親や学校の先生にぶたれて育ったという人は、ぼくらの世代ではよくあります。
ファミリー向けのアニメや漫画なんかでも、いたずら少年がゲンコツをくらう場面というものはめずらしくありませんでした。
最近ではそういった、いわゆる「体罰」に対して厳しい目が向けられていますが、逆に虐待で子どもが亡くなる報道は増えているような気がします。

そもそも、「しつけ」って何でしょうか。

大人は、子どもがなにかイタズラや悪事をはたらくと、それに対して叱ったり怒ったりします。
それは当然のことです。
ですが、それを子どもの将来のためだとか本気で考えてやっている人って、どれくらいいるのでしょうか。
ほとんどの大人はきっと、子どもがしたことに腹が立ち、イラつき、言うことを聞かない、思い通りにならない、そんな感情で子どもに怒りをぶつけるのではないでしょうか。

叱ったことを大人である自分も反省し、殴ったほうの手も痛いのだと悔いたことがありますか。

それがほんとうに愛情からの行為であったとしても、子どもに伝わらなければ何の意味もありません。

それが「しつけ」だったのか、「虐待」だったのか。
つい大人の視点で見られがちですが、子どもの視点に立ってみれば、「しつけ」はたちまち「虐待」に変わります。

親に殴られるということほど、子どもにとって恐ろしいことはありません。
たとえ1年に1回や2回であっても、親が本気で怒鳴り殴られれば、子どもは親に対して恐怖をおぼえます。
そして、ささいなことであっても「怒られるかもしれない」と萎縮して大それたことができなくなります。
それが大人から見れば「いい子」に映るのかもしれませんが、実は「何もできない子」が育っただけなのです。
いつも誰かの顔色をうかがい、失敗や怒られることを極端にきらいます。
心に、おおきな「傷」ができるのです。
子どもをそんなふうにしてしまうことは「しつけ」と言えるのでしょうか。
それが常習的な暴力でなくとも、子どもの心に傷を残してしまうのなら「虐待」なのだと思います。

いま挙げたことは、すべてぼく自身に当てはまっていることです。

親のエゴで、子どもを傷つけてはいけません。
子どもを叱ったら、それ以上にかわいがってあげてください。

ぼく自身それがわかっていながらも、なかなかできないのですが…

誕生日という節目に、そんなことを考えていました。


悲しい子どもが生まれませんように。

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